ドライバーとサポーター

これはまだ書いていない北岳登山後の話。どこかにアウトプットしておかないと気持ちの整理がつかないのでここに吐き出しておきたいと思う。相手に思うところもあるのは理解したうえで、ここでは自分の意見だけを書いていきたい。

問われているのは、助手席に座る者はドライバーにとってどのような存在か、ということ。一人で山に通っているときは考えることもなく、また考える必要もなかったテーマに直面しました。とはいえ、助手席に座ってクライミングや山に行ったりすることは前々からあったので助手席側としての自分の意見はすでに出来上がっており、それは「助手席に座る者は何があってもドライバーの味方」であるということ。ドライバーが周りの車に文句を言っていればそれに乗っかり、運転が荒くなってきていれば「休憩を挟んではどうか」と提言したり。ドライバーにとっての一番のサポーター、もしくは弁護人のような存在だと自分は思っているし、助手席側に座っているときはそのように振舞ってきました。基本的には「運転してもらっている」という立ち位置でドライバーをサポートするのが助手席にいる者の務めだと思っています。

今回は自分がドライバーで助手席に連れが座っているという状況で、発生したのは以下の事案。

  1. 目の前の車が黄色点滅の交差点で何度も減速を繰り返し、さらに信号のない交差点で突然ほぼ停車までスピードを落としておそらく地図を確認していた
  2. この車に「黄色点滅の交差点は減速不要。激突する恐れがあるから危ない」と文句を発していた俺に対して、助手席側からは「減速したのはブレーキを踏んだからではないのか。車間距離をとればいいのでは」と反論される。あとから聞いたところ「黄色点滅の交差点での減速が不要ということを知らなかった」ということではあったが、それにしても相手を擁護する必要のない状況だったと今でも思う。誰だってあんな車には文句を言いたくなる。この時点でややフラストレーションが溜まる。

  3. 自分がIN/OUTを間違えて進入したセルフのガソリンスタンドで、店員が入店を促してくれたのでそのまま正しい位置で給油できるよう店を一周した
  4. IN/OUTを間違えたことは自分に落ち度があるにせよ、店内に車が一台もいないことは確認しており歩道にも歩行者がいないのは確認済み。へんな方向で給油したら店を出る際に困ると思い車がいない間に一周するという判断を数秒で下して対応していたのに、助手席側からは「むちゃくちゃだ!」の一言。1)に加えてこの一言で完全にカチンときました。

あまりにも頭にきたので最初は小出しに文句をぶつけていましたが、建設的ではないので食後に道の駅で30分程度仮眠をとって頭を整理してから物申すことにしました。「他の車に文句を言っていれば肯定してほしいし、むちゃに見えてもこっちは一生懸命運転しているのだから労いの言葉の一つもほしい」、と。自分としてはスパッと言いたいことを伝えてスパッと謝罪の一言でもあれば済ませたい話でしたが、結局あーだこーだと理屈をこねられ話がこじれて20時半くらいに家の近所に帰るまで不機嫌な状況が続くことになります。

特に北岳は前々から行きたいと思っていた山だったので、最高の思い出として終わらせたかった。山の思い出という聖域を侵されたような気分、というのが正しいのかもしれない。一人で登って一人で帰ってくれば何の汚点もなく終えられた山行だったとどうしても考えてしまい、家に着いてから数日を経た昨日あたりまで延々と頭の中をいろんな考えがループしていました。素晴らしい景色を見てほしいから頑張って計画を立てたのに、なんでこんな気持ちにさせられなければならないのか、と。

自分にとって山の思い出はここまで大切なものだったのだと気付かされた出来事でもありました。

あまりにも考えすぎて頭がオーバーヒートし火曜日は夕食も摂らず19時から朝7時まで12時間ぶっ通しで睡眠をとったりしました。さっさと許してあげればいいのにそれができないのは自分のキャパの狭さゆえかもしれない。そう考えるとなおさら悲しくなってきますが。

しつこくこの話をしたので本人は辟易していたと思いますが、謝罪もうけたし「今後運転中は配慮するようにする」とも言ってくれている。ようやく気持ちの整理もつき始め、北岳登山を前向きに振り返られるようになってきました。この日のことを多くの山行のほんの1ページの笑い話として思い出せる日が来るよう、これからも山に登り続けたい。

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