シャーロック・ホームズの思考術 所感

そうだ、勉強に終わりはない。
勉強というものは、最後まで研究の連続で、最後に最大のものが待っているのだ。
Education never ends, Watson.
It is a series of lessons, with the greatest for the last.
-シャーロック・ホームズ

このブログを書いてから2日、シャーロック・ホームズの思考術を読み終わりました。色々と示唆的なことやホームズの台詞で感銘を受けたものもあったので、読書感想文のようにいくつか書いていきたいと思います:

その時点で思い出すことのできることだけが、私たちの知っていることなのだと、留意しておかなければならない。言い換えるなら、必要なときに思い出せないなら、どんなに多くの知識があっても役に立たない。(p57)

個人的な意見としては、今の時代の場合”知りたい情報にたどり着くための方法”を思い出せる、とも言えると思います。例えば、あの情報はあのウェブサイトに載っていた、であるとか、あの資料は外付けHDDに保存しておいた、など。大事なのは知識を得るという好奇心を絶やさないことで、冒頭にも書きましたが”学び続けること”ではないかと思いました。アインシュタイン曰く「情報は知識にあらず」。

利用可能性ヒューリスティック・想起ヒューリスティック
私たちは、ある時点で想起しやすいことを優先して利用するのだ。そして、思い出しやすければ、その妥当性と真実性に、より多くの自信を持つ。(中略)その人にとっては、想起が楽だったというだけで充分な証拠なのだ。(p71)

認知バイアスというのはこの本を読んで初めて知った単語ですが、想起ヒューリスティックというのは思い返せばよく体験していることで、たしかに思い出しやすいことを正しいと認識し判断しがちです。判断する際に一歩引いて自分を見てみる必要があるということで、本の別のページには;

自分自身と自分の考えに懐疑的であれということ。能動的に観察し、脳の初期設定である受動性を乗り越える。ある事柄が実際の客観的行動の結果なのか、あるいは単なる主観的な印象なのかと考える。(p91)

ある独創的な研究によると、参加者はある概念について、それが正しいと支持している実例だけを見るため、正しくないと証明していることは見つけられなかった。そして私たちは、仮説の証拠の比較検討において、大きな非対称性を示す。肯定的で裏付けになる証拠を過大に評価し、否定的な証拠を過小に評価しがちなのだ。(p270)

とも書かれていました。アインシュタイン曰く「大切なのは、自問自答し続けることである」。

あるひとつのものを、提示された文脈(コンテクスト)に従って複数のやり方で見ることができる。真ん中に見えるのはBだろうか、それとも13だろうか?与えられる刺激は変わらないが、私たちが見るものは予期と文脈によって変わる。(中略)体験や文脈上の枠組み、そのときの足場といった、利用できるものが推論に影響するのだ。図からAとCを取り去れば、まんなかをBとは考えないし、同じように12と14を取り去ると、13とは決して考えない。たとえ可能性が高くても、単に文脈からありそうもないというだけで、頭に浮かびさえしないのだ。(p268-269)

本全体を通してですが、人工知能の問題のひとつである「フレーム問題」を思い出していました。人間がフレーム問題に陥らないのは、いい意味でも悪い意味でも端折る能力に長けているからだと思いますが、自分でも気づかないうちに検討・考慮すべきことまでも端折っているのではないか。本を読み終わった所感としては、このことを一番感じました。

最後に・・・

場所は思考に作用する。言うならば、場所の変化が違う考え方へのきっかけになるのだ。深く染みこんだ関連を消して私たちを解放し、新しい関係をつくったり、以前には抱かなかった考え方や思考経路を探求できるようにする。(p212)

旅をするというのは、思考に良い刺激を与える、かもしれない。

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