Prefectural Peak Hunting 39: 国見岳

前回のブログより引き続き、翌11月20日。熊本県最高峰・国見岳登山編です。国見岳の登山口までは道の駅から2時間弱もかかります。願わくば6:30くらいから登山開始できるよう3時台に目覚ましをかけるも、全く起きられませんでした。結局5:45くらいに出発したと記憶しておりますが、それで正解だったかもしれません。というのも国見岳のある山域は想像よりはるかに山奥で、「え、これ国道!?」みたいなガードレールのない崖みたいな道をひたすら進みます。山に登る前に車で何個か山を越えたような気がします。ここ最近は6:40くらいにやっと明るくなるので、6:30着で動いていたら真っ暗ななか山道を進んだ事になります。

空が白んでくると、分厚い雲に覆われていることを知りました。前日露天風呂で見た満天の星空は何だったのか・・・がっくり。到着したら、予想に反してすでに二台の車が。この山域は山と高原地図がないので、今回は国土地理院の地図とGPSを頼りに国見岳、五勇山、烏帽子岳、の3つの山を日帰り縦走することにしていました。いくつかのウェブサイトを見ると、烏帽子岳→五勇山→国見岳、の順番で巡っているようで、もともとのプランでは俺もそれに倣って烏帽子岳から回る予定でした。

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-375004.html
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-240611.html
http://kano.0-sam.com/Yama/log/eid715.html
https://yamap.co.jp/activity/278201
http://blog.teramoto-home.com/?eid=115
たくさんの情報、本当に助かりました。お礼申し上げます。

この日は天気が悪く、もしかしたら雨も降るかもしれないような空模様でした。なので、最悪国見岳のピストンで山行を終わらせられるよう、予定を変更して国見岳から行く事にしました。駐車スペースから少し歩くとゲート、さらに橋を越え、まずは旧登山道入口に辿り着きます。

どこに新登山道があるのか説明がないので、とりあえずまだ先があった道を進むことにしました。少ししたら新しい方の登山口を発見。

ここには別の登山者の方が準備しておりましたが、先に行かせて頂きました。国見岳への道は、とにかく急登!!国見岳山頂までほぼ登りのみです。道は悪くないのですが、とにかく天気が悪い。天気が良ければ森林ウォークを楽しめそうでしたが・・・残念です。


こんな道が続きます。ホラー映画に出てきそうな雰囲気。天気が違うだけで雰囲気が相当変わります。


そこらじゅうにシカがいました。彼らは日本中どこにでもいるのだろうか。

ひたすら登り続けること1時間半、国見岳に着いた時点で展望は全くないものの雨は降っていませんでした。


山頂の祠と三角点。

このあとどうするか一瞬迷いましたが、今後来るか分からない山域、せっかくなので先に進むことにしました。


国見岳からはこのようなコースタイムのようです。

ここからの道は、倒木が多く、笹に覆われていて、そして顔付近に枝が多い・・・通りにくい!!マニアックな山域だと手入れも大変なのでしょうか。不快指数がどんどん上昇。スパッツは付けていたものの、太ももまでびっしょりになりました。


こんな感じのがひたすら出てきます。

人が全然入っていないと思っていたこの山域ですが、五勇山に至るまでに数組すれ違いました。うち1組は7、8名の団体。どこからですか、と聞かれ、「愛知です」と答えると驚かれる。うち1名は四日市に仕事?で行ったとかなんとか。そのまま先に進むと、烏帽子岳への分岐点が。あれ?五勇山は??よく分かりませんが五勇山の山頂を示すものは見つけられず、そのまま先へ。上で紹介したサイトを今見返してみると、標識があったり三角点があったりするようですが・・・いったいどこにあったのやら。分岐点から少し進むとこんな標識が。

そしてすぐ近くにシャクナゲが一輪咲いていました。


葉っぱ的にこれがシャクナゲ・・・?と思ってさっき調べてみたらやはりシャクナゲ。

そのままさらに先に進むと、展望台のある岩場への標識がありました。少しだけ雲が上がっており景色は見れましたが、今回の旅で大台ヶ原の大蛇嵓屋久島の太鼓岩、という2ヶ所の絶景岩場にすでに行っていたので少し物足りない。

烏帽子岳への道は上に書いたような理由でとにかくしんどかったものの、なんとか烏帽子岳へ残り5分の分岐へ到着。この時点では、烏帽子岳へはピストンしこの分岐へ戻ってくるものだと思い込んでいました。

というのも、通常こういった場合、烏帽子岳からさらに先のポイントへの距離や時間も書いてあるもの。とにかく、とりあえず烏帽子岳に行ってみることに。

そして烏帽子岳から戻ってきてみたものの、どうも「泉村へ」の方角がおかしい。

この画像で説明すると、上から下に通っている稜線沿いの方向を指していました。これはもしや烏帽子岳からさらに先があるのでは・・・と思い烏帽子岳に戻ってみると、すさまじくわかりづらい標識が。


これ大事じゃん!!!

ルーファイが大変です。ここからはどんどん下っていきますが、林道を何度も横切ります。非常にややこしかったのですが、上のウェブサイトに「林道を何度か横切る」と書かれていたのを覚えていたので、さほど迷わず通過出来ました。


国見岳登山口から入り、烏帽子岳登山口に出てきました。

この時のログ。左端の線が切れているところから時計回りにぐるっと回っています。国見岳は300名山に数えられているようです。下山した時点で、車が俺のを併せて六台に。え、こんなに来てるの!?とびっくり。

さて、この時点で13時。熊本にもう一泊するか長崎に移動するか検討しつつ、周辺の観光地に行ってみることにしました。前日の佐俣の湯で入手した地図を見ながら、熊本市街に抜ける道中で行けそうなのは「樅木の吊橋」と「五家荘平家の里」だと判断し、まずは吊橋へ。吊橋の駐車場に着いた時点で、その景観よりも人の多さに驚く。熊本の人たちにとってこの辺は有名な観光地なのだろうか?

そして平家の里へ。五家荘には、文治元年(1185年)、壇ノ浦に敗れた平家の一門が逃れて隠れ住んだとされているそうで、落人伝説のロマンにまつわる伝統芸能や年中行事が数多く伝えられているのだとか。前回のブログに書いたように日光の湯西川温泉もまた平家の里ですが、この施設にあった資料によるとその地の平家は苗字を伴としたそうで、これは「平の人」を表す隠語だったようです。伴久旅館の伴にはそんな意味もあったんですね。

※2016/11/24追記※ 改めて資料を撮影した写真を見ていると、さらに祖谷(いや)も落人の里らしい。最初はピンと来なかったのですが、この祖谷という知名になんとなく覚えがあり、よくよく思い出してみると三嶺から下山した際に知り合った方々に教えて頂いた郷土料理に祖谷蕎麦というのがあり、まさしく資料に載っていた祖谷。色々と繋がってくるものです。

そんな歴史や文化を守り伝えていくため、ここ平家の里では「平家伝説館」という施設を建立したそうです。ここにはこの地区の古民家も移設されており、実に渋い観光地でした。


こんな雰囲気です。茅葺屋根が渋い。おばあさんもいい味出してます!!


上の古民家内。なんだか落ち着く空間です。


正面に見える建物が「平家伝説館」。


上の写真の右端に見えているのが能舞台。神楽などが披露されるそうです。

能舞台と資料館は、建物自体は新しいものの実に画になります。ここで見た鬼山御前と那須与一の恋物語が実に良かった。熊本観光の中でもかなり渋いエリアになるような気がします。

平家の里を出た時点で14:40。熊本から長崎へは今回の旅でお気に入りのフェリーで移動する予定で、この日の最終便は18:30。出港3時間前まで予約可能なので、ちょっとぎりぎりでしたが予約可能。15時過ぎにかろうじて電波の繋がるところに出たので、なんとかネットで予約することができました。港までは順調にいけば2時間で着くので、その前に佐俣の湯で温泉に入ろうかと計画・・・したのですが、途中で走行車線上になぜかカラーコーンが立ててあり、反対車線が渋滞している箇所に突き当たる。手前に左に折れる道はあったのですが、そっちに行くとかなりの遠回りになるので、反対車線が途切れたらカラーコーンを迂回してその道に入ろうとしていました。ずっと待っていると、バイクのおじさんから「この先通行止めだよ」と伝えられる。

なにぃぃぃいいい!!!

仕方ないので左折して、ナビで再検索をかけると17:50前後着。港には出港の20分前に到着していなければいけないので、かなりぎりぎりです。車が全てこの道になだれ込んだので大渋滞しており、この渋滞を突破したと思ったらさらにあとのほうで道を間違える。そんなこんなありつつ、なんとか港に18時前に辿り着きました。やれやれです。


なんとか間に合いました。

フェリーに乗って30分で長崎。やはり車ごと載せる船旅は楽しいので好きです。長崎に着いたら港からすぐ近くの道の駅・みずなし本陣へ。長い一日が終わり、就寝。翌日は雲仙普賢岳に登ります。

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