予備自衛官補・技能I訓練~UK出張

ブログには書いていませんでしたが、実は予備自衛官補になりました。更新が滞ったこの10日間は、そんな予備自衛官補の訓練に参加したりしていました。予備自衛官という制度に関してはこちら↓

予備自衛官制度
http://www.mod.go.jp/gsdf/reserve/

元もとの経緯は、昨年9月くらいに「もっと社会貢献がしたい」と色々と調べていてこの制度を見つけたのが発端。年2回の募集の後期分にちょうど間に合わなくて、悔しかったのを今でも覚えています。次回募集は翌年(2015)3月中旬が期限で、半年もあるのか・・・と肩を落としました。祖父が自衛官募集関連の仕事?をしているのもあり、その時すぐに祖父に電話しどんなものか相談していました。思えば、ここで相談していたことが後に予備自衛官補になるための伏線だったのかもしれません。

その後数ヶ月経ち、頭の片隅には予備自衛官という制度が漠然とありながらも、具体的には動いていませんでした。そんな中、今年2月に祖父宅(名古屋)に帰省した際、予備自衛官の資料一式(申し込み資料含む)を持っていたのでした。もちろんこれは、前年9月に相談していたからなわけですが、ここで一気に応募欲が再燃。応募期限である翌3月中旬までに資料を揃え、自衛隊千葉地方協力本部・柏募集案内所に直接投函。後に追加資料(TOEICのスコアを証明するもの)等聞かれつつ、無事書類審査が通り試験の案内が届きました。

試験は記憶によると4月11日(土)。この前日は秋パンで登っており、前日の様子はチラッとブログにも書いていました。秋パンで3級落とした!と騒いでいるけれど、7ヶ月以上経った今グレードを更新できていないのはそれはそれで落ち込む。と、まあそれはさておき、試験当日は雨が降っており朝早く起きて某駐屯地まで試験を受けにいったと記憶しています。

試験の結果は翌5月に分かるということで、1ヶ月間ドキドキしながら結果を待ったことを懐かしく思い出します。5月某日、自衛隊のウェブサイトに合格者が公表されるということで見に行ってみたところ、名前ではなく受験番号で載っている・・・そんなの覚えていない!なんとなく、千葉語英002(今はなぜか覚えている)が自分だった気がしていたので、「お、あるある」と思いつつ「本当にそうだったかな?」と多少不安でもありました。帰宅後、合格通知が届いておりホッと一安心(母親に送ったメールの履歴を見るとこれは5月16日)。

そして7月、防衛省から辞令書と共に訓練の案内が届きました。発令日付は2015年7月1日、この日を境に二足の草鞋を履き始めたと思うと感慨深い。技能で受かった人は任命後2年以内に10日間の訓練を受ける必要があり、技能I、技能IIと5日間ずつ受ける形になります。年何度か行われている訓練のうち、2015年11月と2016年1月にそれぞれ受けたいという旨で返答。

ようやくここで先週の話に結びつくわけですが、先週(水曜から日曜)はそんな昨年9月からの流れでなった予備自衛官補(技能・英語)の技能I訓練に参加していました。今回は総勢41名が4つの班に分かれて、5日間の訓練を受けたわけですが、俺が入ったのは第一班。10名の濃い?メンバーから構成された第一班との非常に密度の濃い5日間、感じた事は色々とありますが、

自分が強く在る事。勝負は”鞘の内”にあり

という中隊長の訓話で出た考え方が印象に強く残りました。あまり写真は公開できないので多くは載せられませんが、いくつか写真を載せておきます。


訓練開始後すぐに服に縫い付けるワッペン。RCはReserve Candidateの略。


訓練最終日、後光に照らされるジョン・マクレーン似の一斑・班長。マクレーン班は永遠です(熊谷くん談)。

そんな5日間の訓練後、現在はUKはロンドンにいます。訓練の終わった日曜の翌月曜に成田から飛び、来週末まで滞在するというスケジュール。


成田空港にて。アルファ米だ!と思わずパシャリ。


左端に見えるBA便で来ました。

先週のパリでの事件もあり人の集まるところには長居しないようにしようと思います。以上、報告終わり!事後の行動にかかります。

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