栃木放浪記其の一: 奥の細道巡り、再び。

八溝山から下山後、次に向かう予定の那須岳への道中にある大田原市(旧黒羽町)へ寄り道。ここには松尾芭蕉所縁の場所が数多くあり、今回も例の如く奥の細道巡礼を行ったのでした。まず向かったのは雲巌寺。山奥にひっそりと佇む古寺は厳かな雰囲気でした。

ここでは;

啄木(きつつき)も庵(いお)はやぶらず夏木立(おくのほそ道)

という句を残されています。境内を静かに散策したあと、寺の駐車場にあった地図の情報を元にそのあとの行程を検討。この時点ではまだiPhoneが故障中(正確には今現在も通信機能は故障中ですが)だったので、RPGゲームよろしく「地図を入手して次の目的地に進む」という事をリアルに行っていたのでした。そんな入手した地図を片手(スマホの画面ですが)に、次の場所「黒羽芭蕉の館」へ。こういった芭蕉館系もすでに3箇所目ということになりますが、ここは音声付で奥の細道の経路や松尾芭蕉の哲学を解説してもらえるというところが良かったです。芭蕉の館まわりには、芭蕉が残された句の句碑がいくつか建てられており、その中でも奥の細道出典のものはこちらでした;

行春や鳥啼き魚の目は泪(おくのほそ道)


過ぎ去る春に、啼く鳥や泪を浮かべる魚という情景を思い浮かべた芭蕉は凄すぎる。芭蕉の館ではさらに次の地図を入手、その地図を元に次は松尾芭蕉が訪れたとされる常念時、明王寺へ。常念時には奥の細道出典の句碑が建てられておりました;

野を横に馬牽きむけよほととぎす(おくのほそ道)

また、明王寺では力強い筆の御朱印も頂きました。ここには「八溝七福神」の恵比寿様も祀られている、と書かれていたので、ちょうどその日登ったばかりの八溝山を思い出していました。この地区では八溝、とつく社名の会社も多く、八溝山系は昔から信仰の対象となっていたのかもしれません。


御本尊様の御朱印。選べるようでしたので、恵比寿様も頂けるという事だったのでしょうか。

次は一度通過してしまうくらいマニアックな場所・光明寺跡にあった句碑を見に行きました。ここにあったのは;

夏山に足駄を拝む首途(かどで)哉(奥の細道)

という句。旅の無事と健脚を祈った句とあって、夏山をひたすら登っていた自分にとってはなんとも身近?な句でした。マニアックな光明寺跡の次は、メジャーな観光スポットでもある那須神社へ。ここは建築物は重要文化財、場所は国指定名勝(おくのほそ道の風景地)ということで、かなり風情のある場所でした。


楼門、1642年に建てられたものだそうです。

豪華な那須神社のあとは、またまたマニアックな場所にあった玉藻稲荷神社へ。玉藻と聞くと地獄先生ぬ~べ~を思い出しますが、それもそもはず、九尾の狐は「玉藻の前」と名乗っていたという伝説が残されているのだそうです。かなりおどろおどろしい場所にあった神社には狐が2匹、これまたおどろおどろしい感じで建立(という言い回しで正しいのやら)していましたが、この狐たちとは後に那須温泉神社脇にあった九尾稲荷神社で再会することになります。九尾の狐と聞くとナルトを思い出します。


天気のせいも間違いなくあると思いますが、とにかくおどろおどろしい!

 
狐たち。

この日はもう一箇所巡ろうと思っていた遊行柳に行き忘れますが、これは翌日行くことになり、天気の悪かったこの日に行かなくて良かった!と思うことになります。このあとはスーパーに移動し食材を手に入れ、那須岳の登山口からすぐ近い道の駅・那須高原友愛の森へ。この時点ではまだどういったコースで那須岳に登るか決め兼ねておりましたが、地図を吟味しロープウェイ乗り場まで車で上がってそこから茶臼岳、朝日岳、三本槍岳、と登って引き返してこよう、と決めました。こういった場所だと夜間道路が封鎖されていたり早朝は駐車場が開いていなかったりしますが、そういった情報を調べるにもiPhoneが沈黙中。が、そもそもこの時点で駐車していたのは道の駅。観光案内所にて聞いてみたところ、ロープウェイ乗り場の駐車場は夜から朝7:15までチェーンが張られていて入れないようでしたが、そこからもう少し上がった峠の茶屋という場所の駐車場なら何時でも停められるという。これはいい情報を聞いた!ということで、この日は久々に酒を呑んでから就寝。翌日は久々に晴れるということでしたが、この時点では雨が降っており不安で仕方ありませんでした。が、その不安は杞憂で、岩手山以来久々に絶好の天気の中楽しく登ることができたのでした。

那須岳登山編に続く→

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