2016最後の旅其の二: 年越しの南三陸(前編)

前回のブログの続きです。上山八幡宮に到着すると、さっそくゆうすけ君と再会しモンハン!俺のハンターランク1に対してゆうすけ君は70台と圧倒的過ぎる差があるわけですが、俺のハンターランクもおかげさま(?)で数日後には5まで上がっていることになります。夕食を食べずに待っていて下さった2016ボランティアメンバーの皆様と夕食を共にし、この日は就寝。

※※※

12/31。大晦日感の全く無い大晦日。この日の深夜から神社が忙しくなるので、この日はその準備の大詰めです。・・・大詰めと言っても大詰めから参加した俺がいるわけですが、とにかく準備に加わりました。この日手伝ったのはキリコの飾りつけ。キリコとは、江戸時代の中頃から神社の神主さんによって始まった「不漁不作の時でも神さまにお供物を捧げたい」という人々の祈りを込めてかたちにしたもので、南三陸町ではこのキリコを神棚に飾ります(詳しくはこちら)。今回飾り付けを手伝ったキリコはなんでもリオオリンピックでブラジルまで渡ったのだとか。風雨にも耐えうる和紙の強さに驚かされます。


手前の2人は関係なく、うしろに飾られているのがキリコ。


夜撮影。キリコが風になびくとき、神が訪れているのだとか。

準備を手伝ったり、モンハンやったり、準備を手伝ったと思ったらモンハンやったり、そんなことを繰り返しているうちに夜。本番です。夜の俺の担当は炊き出しで、この夜はモツ鍋とトン汁。この日は地元の青年会の方がたが訪れており、カウントダウンなどをして盛り上がっていました。そして0:00 – 俺にとっては特に後半が印象深い2016が終わり、2017が始まりました。


0:16撮影。東北ではモツ鍋よりトン汁のほうが人気です。


炊き出しの近くにもキリコがあります。

上山八幡宮では毎年灯篭で文字を作っているのですが、昨年末も例に漏れず灯篭文字を用意しました。16’年末用意した文字は・・・

このような理由で用意しましたが、実は裏には別の意味も込められています。昨年12月、このボランティアで知り合った大地という名前の友人が木曽駒ヶ岳で遭難しました。南三陸のボランティアに精力的に参加しておりグループのリーダー的存在だった人で、彼抜きでこの活動を語れないと言ってもよいくらいだと俺は思っています。警察や遭対協による懸命の捜索、また知人らによるSNSでの必死の活動にもかかわらず今日に至るまでに彼を発見できておりません。同じく山をやるものとして、また単独行を好むものとして、非常に影響のある大事件で、少なからず今後の自分の山の方向性に影響がありました。この「地」という文字には、大地に上山八幡宮にいつでも帰ってきてほしい、という想いが込められています。

さて、0時過ぎには非常に賑わっていた炊き出しエリアですが、2時くらいには人が来ることも無くなり閑散とし始めました。一旦撤収することになり、撤収後は寝る準備をしに2階へ。あとは寝て数時間後起床か・・・と思っていたら三助さんより

「さーて、飲むか!」

の掛け声。え!!!となりましたが、今回のグループには飲むメンバーが多く参加しており、こぞって賛成。夜中の2時からこんなものまで飲みました。

また美味しいんです、これが・・・。軽く1時間くらい飲んで、3時就寝。翌朝は鬼の6時起床です。

翌日に続く→

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