Prefectural Peak Hunting 19: 鳥海山

9/16。この日は19箇所目となる都道府県別最高峰・鳥海山へ登った日です。前日不安がっていたのはどうやら杞憂で、朝目が覚めたら数台車が来ており、起きたのが5:40と登山当日としては少し遅かったからか既に準備が終わっている人も数名いました。天気は曇り。とはいえガスっているわけではなく雲が遥か上空で太陽を遮っているような状態で、視界は良好でした。東北に来てからいくつもの山を登りましたが、スカッと晴れたのは岩手山くらい。東北の8月末~9月というのは常にこういう天気なんだろうか?


登山開始直後の写真、視界は良好ですが・・・。

こんな天気で歩を進めていきましたが、程よい傾斜の登りが続き山頂付近がちょくちょく見えるこのコースは実に楽しく登れて、天気が良い秋の日に登ったら実に気分がいいだろうな、と感じました。気持ちよく登れるコースだとスピードがどんどん出る俺はあっという間にこの朝行動開始した人たちを全員追い抜きましたが、鳥海山は色んなルートがあるので七高山あたりで違うルートから来た人たちと合流しました。


七高山からの眺め、上空は曇っていますが視界は良好という不思議な天気でした。

さて、この鳥海山。上にアップした登山開始直後に撮った写真で見える頂上っぽいところが山頂(鳥海山で一番高いところ)と思い込んでいたのですが、実はそうではなく、見える部分はまさかの外輪山の一部(そのひとつが七高山)。一番標高の高い新山は、さらに奥に進んだところにあるのでした。そんな新山への道のりは、七高山へ至る緑生い茂る登山道とはガラッと趣を変えた、巨大な岩が大量にゴロゴロと積み重なる岩場。


こんな道が続きます。

全く想定外の展開で、かなり楽しめました。このあと山頂で会った人も「想定外でした」と言っていたことから察するに、どうやら皆さん一様にこの展開には驚かれるようです。七高山から30分程度で新山の山頂に到達。偶然一人先客がいたので写真を撮ってもらいました。


今回のログ。グラフの最後の方でアップダウンしているところが七高山~新山。

この日はちょうど五竜山荘で購入したTシャツを着ていっており、山頂にいた人と「それ、五竜山荘のTシャツですよね?」「そうです!!」なんて会話を楽しみつつ少しゆっくりしてから、下山開始。岩木山岩手山のように鳥海山にまつわる社寺に参拝できないか、と事前に調べてみたところ、鳥海山には大物忌神(おおものいみのかみ)という神様が宿っているとされていて、そんな大物忌神を祀る神社が山頂に1社(本社)+麓に2社あり麓の神社で御朱印を頂けるということが分かりました。ということで、山頂の小屋に隣接するかたちで建立されている大物忌神社に参拝してから下山。神社のすぐ近くには下の写真のような石碑があり、書かれている文が心を打ちました。

下山途中、胎内くぐりと書かれた場所があり、奥には祠があり通ってみるとなんとも神々しい光景が待っていました。胎内くぐりというと、十代の頃に一人旅した京都の清水寺を思い出します。

無事下山したあとはその足で麓の大物忌神社へ。2社あるうち、今回は宮司さんがいる吹浦口之宮へ。鳥海山からは車ですぐ近くのところにあり、車も通れる大きな鳥居をくぐった奥にある境内に駐車。かなり広い境内には案内板もあり、この神社に関して詳しく書かれていました。

鳥海山は祭祀を疎かにすると噴火鳴動する恐るべき神「大物忌神」として認識されていた、ということで、この大物忌神社の吹浦口之宮では古代より鳥海山の神「大物忌神」と月山の神「月山神」を主祭神としてきたことから両所宮と呼ばれてきたという。上の写真の階段を登りきったところに「大物忌神社」と「月山神社」の両本殿が並び立っていました。

本殿に参拝したあとは社務所にて御朱印を頂きました。2社ある麓の神社の両方の御朱印がこの神社で頂けるということだったので、両方頂くことに。

もともと、社寺巡りは和風なもの好きな自分の嗜好の延長線上で行っていましたが、各地の山を登りながらその土地の山と社寺、さらに日本の歴史との接点を知るにつれ、社寺に対して「和風なもの」以上のものを感じるようになり、「修験道・登拝道を登る」ことや、昔から信仰の対象として存在していた山を登る、ということの意味などを考えるようになりました。

無宗教で神はいないと思っていた俺でさえも、山に入り旅を続けているとミエナイチカラは存在するのではないか?と思うときがあります。正直、実際に神がいるかどうかは分かりません。が、自分が生まれる前からそこにあり、さらに自分がいずれいなくなってからもその場所に存在し続ける(であろう)山々には「噴火や地殻変動で隆起した土地」という以上のものがあるのではないか。悠久の時のなかその場所に存在し続ける山は神々しく、神秘性を帯びるのも頷ける、そんな気がします。

ここ最近登った東北の山々は特にその傾向が強く、そういったことから感化されてきているのかもしれませんが、今よりも登山の技術や装備が乏しかった時代、こういった山々を開拓していった先人達の開拓者精神には感服します。山、日本史、宗教、この三つを絡み合わせながらそれぞれを勉強していったら面白いのではないかと、最近思います。

思うに、ある山に名前(富士山、など)がつくことで単純な”地面の隆起”が個性を持ち、さらに人々の共通認識となり、そこから例えば”神が宿る”とされたりその山が持つイメージが昇華されていったのではないでしょうか。そういう観点で特定の山の歴史を一度調べてみたい。

鳥海山でこういった想いに至り、翌日の出羽三山にてその想いはさらに強くなります。

出羽三山編に続く→

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