Prefectural Peak Hunting 25: 三宝山


秩父の山々、八ヶ岳連峰、さらに奥には南アルプス、中央アルプス、うすーく北アルプスまでを背景に入れた贅沢な一枚。

10/4。この日登ることになる三宝山は、奈良を除く近畿以東の最高峰の中で最後の一座。自分の中で旅の前半最後の山行と位置付けていました。心配していた天気は全く問題なく、絶好の登山日和でした。台風が近づいていたこともあってか人が殆どおらず、静かな山行を楽しむことができました。


こんな道が続きます。

今回は西沢渓谷から入山し百名山の甲武信ヶ岳を経由して三宝山に至る行程。この甲武信ヶ岳、事前情報として知ってはいましたが本当に登りっぱなしの山!ここまでに色んな山を登って来ましたが、ここまでとにかく登りっぱなしなのも久し振り?か初かもしれません。展望のない木々に囲まれた中をひたすら登りながら、ふと左を向くと・・・

富士山!那須岳日光白根山でも見ましたが、やはり山梨だけあってサイズ感が全然違います(ちなみに今までで一番印象に残っている富士山は塔ノ岳や丹沢山など丹沢山系から見た富士山です)。そのままズイズイ標高を上げていくと、目の前に甲武信ヶ岳&三宝山が現れます。


手前の尖った山が甲武信ヶ岳、奥の丸い山が三宝山。

さらにどんどん歩を進めていき、辿り着いた甲武信ヶ岳の山頂からは最高のパノラマが広がっていました。

※2020.01.16追加

このパノラマ写真の中だけで、すごい数の百名山が含まれています。下山後にこちらのサイトを参照しながらどれがどの山か把握しました。左から:


大菩薩嶺、天城山、富士山。


印象的な五条岩がはっきり分かる金峰山(アップした画像では見づらいですが・・・)、
その金峰山の彼方写真右奥に空木岳と木曽駒ケ岳、金峰山から繋がって瑞牆山。


上の写真のズーム、中心にチラッと見えているのはおそらく聖岳。


二つ上の写真中央のズーム、山と山の間に間ノ岳と北岳。


奥の特徴的な山脈は赤岳を主峰とした八ヶ岳連峰、その右の方に数日後登ることになる蓼科山。


上の写真をズームしてよーく見ると穂高連峰と槍ヶ岳が!


三宝山の左奥には妙高山や浅間山が。

とにかく絶景で、いつまででも眺めていたかったのですが、この日の最終目標は30分くらい歩いた先にある三宝山なので先を急ぐことに。


埼玉県最高峰、とさりげなく書かれていました。

そして歩くこと30分、西吾妻山のときのような全く展望のない山頂に到着しました。


ん?まさかこの広場が・・・?


ここかー!

旅の前半終了という感慨深さはあったものの、長居しても面白くないので甲武信ヶ岳の山頂にすぐ戻りました。が、甲武信ヶ岳に戻ってからふと「三宝山の山頂直下に展望の良いところがある」とネットで見たのを思い出したのでした。上の、三宝山が真ん中に写っている写真の、三宝山の中心やや上あたりに岩場がありますが、ネットで調べてみたところどうやらそこが展望の良い場所らしい。でも、ネットの画像で見るような標識はなかったけどな・・・というようなことを思いつつ、散々迷った挙句もう一回三宝山方面に向かうことにしました。次にいつここに来るか分からない以上、せっかくだから行こう!と決めたのでした。

ということでまたまた三宝山に向かったものの、やはりそんな標識はない。おかしいな~と思いながら山頂直下あたりでキョロキョロ見回していると・・・

ん・・・?登山道から外れたところにピンクテープ?これはもしかして・・・?と、進んでみたら展望の開けた岩場に辿り着いたのでした。分かりづらい!!

しかも比べれば甲武信ヶ岳からの展望の方が良く、まあ来た甲斐はあった、かな?ということですぐに甲武信ヶ岳に戻る。戻った甲武信ヶ岳に来ていた人たちと山談義に花を咲かせ、うち一人と一緒に下山。本を8,000冊くらい読んだという彼からは色々と刺激をもらいました。一期一会、山には色んな出会いがあります。

そんな事を思いながら下山し車の前で出発の準備をしていると、西沢渓谷を巡って戻ってきたという関西弁のおばちゃんが話しかけて来ました。俺の旅の話をしたところ京都の最高峰が皆子山だということに驚いていました。京都在住のこの人曰く、愛宕山が一番高い山だと思っている京都人が多いそうな。「良い人生を送って下さい」と言ってくださり、リンゴとバナナとお茶を恵んでくれたあの方は仏様?ありがとうございました!!

予報を見ると翌日予定していた瑞牆山/金峰山方面が雨予報から曇り予報に変わっていたので、翌日はまず瑞牆山に登り、その時の天気やその他コンディションで金峰山に進むか決めることにしました。瑞牆山登山で一番近い駐車場は瑞牆山荘ですが、この日はより綺麗で広いというみずがき湖ビジターセンターに行き車中泊。すこーし星も見える空に翌日の好天の願いを託しつつ、就寝。ここからは名古屋に移動しながら数日間百名山を巡ることになります。

このときのログ。ラインが甲武信ヶ岳より上に伸びているのは三宝山まで行っているからです。

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