宮城放浪記其の一: 彼の地にて、果たされた再会。

9月14日。この日は自分にとって特別な日になりました。遡ること2年と9ヶ月、2013~2014年末年始。日本に完全帰国して8ヶ月程度経っていた頃ですが、この年末年始は東北で過ごしていました。当時のことはあまり詳しくブログには書いておらず、この辺にチラッと書いている程度ですが、この時訪問したのは震災復興のボランティアとして南三陸町にある上山(かみのやま)八幡宮の年末年始の行事を手伝うため。東日本大震災発生時はカナダにおり、大学のクラスで教授に「地震が発生したようだけど、君の知人は無事ですか?」と聞かれたことを今でも覚えており、時差もありニュースを見ていなかった俺はその少し前に発生したニュージーランドの地震のことと勘違いし、授業後にネットを見て衝撃を受けることになる。

その後、非力ながらカナダからできる支援活動を行っていましたが、当事国の国民としてその国で支援が出来ないことの歯がゆさというものがどうしてもあり、帰国したら東北に赴きボランティア活動を行う、というのは帰国する前から決めていました。そして実際に参加したボランティア活動では上のブログに書いているように色々な人たちと交流しましたが、特に印象に残っているのはもちろんゆうすけ君との交流。お互い仮面ライダーが好きなことで意気投合?し、実に密度の濃い数日間を過ごさせて頂きました。

それから2年9ヶ月。ボランティア活動で知り合った仲間とは何度か交流しましたが、上山八幡宮へは足が遠のいていました。なかなか訪れることが出来なかった理由としては、自分の軸というか方針がブレブレで、こんな状態でゆうすけ君と会うべきではないと感じていた、というのがあります。俺にとってゆうすけ君とは、仮面ライダー響鬼のヒビキさんから見た明日夢くん、岳の三歩から見たナオタくんのような存在であると勝手に思っていて、もちろん自分はヒビキさんや三歩ほどの人間ではありませんが、それでも、軸や方針がブレているような自分ではあまりにもダメすぎる、と常に思っていました。

そんなこともあり2年9ヶ月も経ってしまいましたが、転職など色々なことを考えた結果ようやく「全国の山を巡る旅に出る」という目標を決め、そこにまっすぐに向かっていくことでようやく自分なりの軸・方針が定まってきたと感じ、それによりようやく「これでゆうすけ君にも胸を張って会うことが出来る」と思うに至りました。こういった理由もあり2年9ヶ月も経ってしまい、当時1年生だったゆうすけ君ももう4年生。ずいぶん大きくなっているだろうな、と思い工藤さん(ゆうすけ君のお母さん)に連絡してみると、今彼がハマっているのは「モンハンX」と「レゴ」。まさかモンハンとは!!時の流れを痛感した瞬間でした。モンハンは3G以来やっておらず、今から鍛えても全く話にならないのでお土産にレゴを買っていくことにしました。秋田でトイザらスに寄った理由はこれです。

前置きが長くなりましたが、そんなこんなで2年9ヶ月振りの南三陸町。14日に訪問したいと工藤さんに相談したところその日はちょうど宵宮祭という秋祭りを開催しており、さらに「実は人手が足りないので手伝ってもらえないか」という話が舞い込んできました。二つ返事で引き受け、手伝いが必要な14時に合わせて訪問することにしました。時間に余裕があったので、まずは南三陸さんさん商店街で昼食を摂る事に。貧乏旅行なので基本的に食事は自分で炊いた米+惣菜、といったような内容ですが、このときばかりは贅沢をして少しでもお金を落としていこうと行く前から決めており、旅を始めて初の海鮮!美味しく頂きました。


久し振りに訪れたさんさん商店街。当時の記憶が昨日のことのように思い浮かびました。


そんな商店街で今回昼食を頂いたのはお寿司屋さん。


ご当地グルメのキラキラ丼・・・ではなく、あまりにも美味しそうだったので海鮮丼(匠)にしました。

この商店街の隣には南三陸ポータルセンターという施設があり、今回はそこにも寄っていきました。ポータルセンターには南三陸の情報が色々と集まっておりますが、そこに工藤さん作のキリコが(キリコに関してはこちら参照)!

この立体的でインパクトがあるキリコ、振り返って写真を見ていたところ「2015年~2016年のゆく年くる年で上山八幡宮が放映されたときに映っていたものだ!」ということに気付く。


2015年~2016年のゆく年くる年、名古屋にて。

ポータルセンターに寄った後も少し時間があったので、近くの観光スポット「神割崎」へ。岩がスパッと割れたような形状が印象的です。ここではキャンプ等も出来るようです。

神割崎のあとはついに上山八幡宮へ。事前に工藤さんから「道が変わっているので道に出ている看板に沿って来てください」と連絡を受けておりましたが、本当にものすごい変わり様!ナビに出てくる「道があるはずのところ」にはかなりの高さの盛土が。ここまで景観が変わるものか、と思いながら、看板に沿って上山八幡宮へ。周りこそ変化が激しかったのですが、上山八幡宮は以前と変わらぬ姿でそこにあり、足を踏み込んだ瞬間懐かしい思いが込み上げてきました。


今回撮影した写真。


そしてこれが2013年末。

上山八幡宮を見上げた上の2枚の写真に対して、そこから振り向いた光景はがらりと変わっていました。


2016年9月現在の写真。


2013年末の写真。

奥の山や建物の形状で位置関係が把握できるかと思いますが、盛土が凄まじいです。工藤さんに聞いたところ、ここには道路はもちろんのこと商店街が出来る予定なのだとか。ちなみにゆうすけ君と滑って遊んだ保育園脇の小山があった公園?は、まさかの駐車場に!これには驚かされました。

さて、上山八幡宮で久方ぶりに工藤さん、さらに当時ボランティアとして一緒に活動したY氏も今回急遽駆けつけることになったということで再会。さっそくY氏と共にこの日の夕方から予定されている宵宮祭の準備の手伝いを開始しました。2Lペットボトルを半分に切った容器の中に蝋燭を入れた灯篭を階段に並べていくのは当時も行ったことであり、これ自体が非常に懐かしかったです。そんなことをしていると、「ただいまー!!」という大きな声が。この声は!そう、ゆうすけ君登場です。とにかく懐かしかったのですが、1年生から4年生というとさすがにかなり大きくなっており、顔つきがかなりりりしくなっていました。なんでもこの日は帰りの会をすっぽかしたとかで、それがいいのか悪いのかはさておきとにかく思ったよりも早く再会。さっそくレゴの箱を見せるとすぐにそわそわしだしましたが、まだ灯篭を並べ終えていないのでまずは作業を終わらせ(作業中もずっとそわそわしていました)、終わったらレゴ作りへ。自分も小さい頃レゴにハマっていた時期があり懐かしいな~、と思いながら眺めていたのですが、さすが現役のゆうすけ君は作るのが尋常じゃなく早い。


必要なパーツを見つけ出すスピードが速すぎる。

レゴ製作中、工藤さんより「武技奉納という珍しい儀式が執り行われるので是非見てみて下さい」と声をかけて頂いたので、夢中になっているゆうすけ君を引っ張って社務所の方へ。そもそも武技奉納とはなんぞや?と思っていたのですが、来ていた方の説明によると「日頃の修練のご神前への報告」で、北辰一刀流の開祖・千葉周作が宮城県出身ということで今回は杉並区にある道場から来たそうです。北辰一刀流というと「竜馬がゆく」をなんとなく思い浮かべますが、実際こういった儀式を目の前で見るのは初めて。思いも寄らぬところで思いも寄らぬ体験が出来ました。

奉納の儀の途中にフラッといなくなったゆうすけ君でしたが、儀式が終わった辺りで再び現れ「出来たよ」という。どうやらレゴが完成したようで、「製作現場」に向かってみるとトレーラーや飛行機が完成していました。


一緒に作ったように見えますが俺は殆ど何もしていない。

とにかく作るのが速い!!次はもっと難しいのを持ってきます。レゴが完成したあたりで、宵宮祭の出店の用意へ。宵宮祭ではゆうすけ君作の各種ゲームが楽しめる出店があり、俺とY氏はこれも手伝うことになっていたのでした。出店が始まるとこれが想定外の大盛況!ゆうすけ君の学友がどんどん来て、輪投げや釣りに興じていました。


景品配置中の輪投げ、歯磨き粉など渋い景品も。


釣り、これが地味に難しく挑戦する子供達が苦戦していました。

出店を出している最中、南三陸の氏子青年会の方々による七福神舞も披露されていました。このときは知りませんでしたが、こういった経緯があるようです。


七福神舞、弁財天が実に華やか!

ゆうすけ君並びに学友の面々は実に元気溌剌。俺とY氏をエヴァンゲリオンに見立てて肩車というエントリープラグから搭乗し肩の上から境内を歩いたり走ったりする指示を次々に出すので、我々エヴァンゲリオンは境内を少なくとも5周は走り回りました。ちなみに俺は13号機らしいです。アンビリカルケーブルに接続されていない13号機はもう活動限界です!!4年生ってこんなにエヴァンゲリオンに詳しかったっけ?という疑問を抱きつつも、まだ自分の知識が子供達に対応できることによく分からない安心感を得ました。ちなみにゆうすけ君曰く「仮面ライダーは役目を終えた」そうです。


今回の訪問時、金色堂で入手した御朱印帳にさっそく御朱印を頂きました。

そんなこんなで宵宮祭が終わり、出店を片付けた後は社務所にて工藤さんご夫妻と歓談。そこで頂いた鰹の刺身があまりにも美味しすぎて舌鼓を打ちっ放しでした。鰹の刺身で幸せな気分に浸っている俺の隣でゆうすけ君が読んでいたコロコロコミックを借りて中を見てみると、なんとスーパーマリオくんがまだ連載中!しかも「学級王ヤマザキ」の作者・樫本学ヴも新作を連載しており、昔とあまりにも変わらないコロコロコミックによく分からない安堵感を得ました。

この時点で22時。ゆうすけ君には「庭で寝ていってもいいよ」というありがたい(?)お言葉も頂きましたが、次の予定があるので後ろ髪を引かれつつも撤収することに。2年9ヶ月というのは時間を空けすぎたと反省しており、次は年末に「ハンターになって」戻ってくるとゆうすけ君に約束。旅をしながらハンターランクも上げないといけないことになりましたが、今から年末が楽しみです。

今回は南三陸~石巻エリアに立ち寄ったり車で通過したりしました。前回訪問した時と比較して盛土が大幅に増えていたり作業者・作業車が忙しく動き回っていましたが、生活感のある街の景観とはまだまだ言えず、真の意味での復興にはこの先何年もかかる、と感じました。ここ数年間、熊本地震の際に多少寄付をしたくらいで被災地の支援ということから遠ざかっていた自分ですが、興味を持ち続けること、現地の人と関わり続けること、発信し続けること、これらが今の自分に出来得る支援の中で一番取り組みやすいことであると、今回の訪問で実感しました。今後は頻繁にゆうすけ君と関わりを持ちながら、彼の成長と、南三陸の復興を見守りつつ、非力ながら南三陸と関わりを持ち続けたいと思う。

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